2009年12月01日

退院

2008,7/25
オレは、11ヶ月続いた入院生活にピリオドを打つ事になった。
だが、退院だからと言って病気が完全に治った訳ではない。
もはや、オレの右半身麻痺は、一生治らない障害となった。
数年前までは、酒をガンガン飲み、薬をガンガンやり、ロックンローラーを地で行ってたオレは、身体障害者となった。
それも、事故で右手右足切断などより重い、神経麻痺だ。
右足切断でも、神経さえ生きていれば、義足を着け、ある程度普通に歩く事が出来る。
そーゆう人はリハビリ病院で、何人か見た。
下半身麻痺より、片麻痺の方がマシなどの話しも聞くが、オレからしてみれば両腕が動く下半身麻痺の方が羨ましい。
ギターも弾ける。
だが、下半身麻痺にも片麻痺じゃ味わえ無い不便さはある。
どちらがいいか等、一概には言えない。
まともで健全な身体を持っている事が1番いい。

身体障害者に為ってしまったオレだが、退院して、やる事やりたい事は山ほどあった。
なんせ一年近い入院だったから。
だが、全部で五ヶ所の病院に入院した全ての人達に礼を言いに行くのは厳しい。
機動力を失ったオレには無理だった。
でも、最後に世話になったリハビリ病院の人達だけにでも、お礼がしたいと言う気持ちで…
オレは、先週まで時間を掛けマスタリングしたNKのCDを渡す事にした。
PTの先生、OTの先生、OTの学生サン、とりあえず三人にNKのCDを渡した。

このCDは、確かにロクなもんじゃないし、売れるものでもない。
だが、オレが身体障害者になった事を考えると、生涯で1番好きな事をやり、1番輝いた瞬間のものだった。
それを、どう捉え様が相手次第だが、その時のオレに出来る精一杯の感謝の気持ちであり、入院生活を通して、最初で最後に見せる本来の自分…

ロックンローラーとしての誇りだった。

片麻痺の障害者になっても捨てる事の出来ない自分本来、有りのままの姿だ。

そして、CDを上げた学生サンは、オレにお礼を言いに来た。
聴けばわかるが、中身はたいしたもんじゃない。
だが、その学生サンは、オレに『CDにサインして下さい』と言って来た。
オレは左利きじゃないから、左手で字を書くなんて事を余りしたくはないが、左手で
Image004.jpg

NK SMITH


と、下手くそなサインをした。
この学生サンは涙ぐんでいた。
オレは笑顔で

『頑張って!』

と言い、別れを告げた。
オレは、この学生サンに、左手で左手の爪を切る器具を作って貰った。
今、オレが左手の爪を切る事が出来るのは…
彼のお陰だ。

そして、退院直前…
夕立で物凄い雷雨となった。
オレは、この日の37年1日前、嵐の日に生まれた男だ。
嵐はオレを祝福してる様だった。
そして、嵐が過ぎ去り、母チャンと娘が車で迎えに来た。

オレは退院した瞬間から、パンクロッカーに戻る訳だった。
[過去日記]


だが…


現実は、そう甘くはなかった…
[13-7]

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