2009年12月03日

無期限活動休止

オレは、自分よりオレの退院を待っていてくれた、コタローの行く先を考えた。
この時点では、余り自分自身の音楽活動は心配していなかった。
音楽を作る意識や、曲が出来る感覚は健在だったからだ。
オレは、片手でも理想の音楽が作れそうな…

DTM

コンピューターミュージックに挑む事にした。
だが、丸っきり楽器を使わないDTMに挑戦するのは、初めてだった。
ドラムや一部の楽器だけ打ち込みと言うのは経験済みだった。
新たな挑戦だった。

そして、コタローの行く先には…
前回オレが入院前、最後にライブをやった"ゼンカマンズ"を復活させ活動再開出来る様、準備を整える事にした。
まず、オレの代わりになるギタリストだが…
友人ヤスがやりたいと言う事だったので、ヤスを加入させる様、他メンバーを説得し、加入させた。
この時点でのヤスの実力は、ハッキリ言って未知数だった。
だが、オレの代わりのギターを入れる事で、とりあえずバンド活動出来る下地は出来ると言う事で推薦した。
後々を考えると、これは全く過ちであったが、この時点で活動のスタートを切れる状態は出来た。
そしてWEBサイトも作って貰った。
[ゼンカマンズ]
これで、NKメンバーの行く先は決まり、オレはNKを解散さすか無期限活動休止をするか、どちらかを選択する事になった。

ハッキリ言えばNKは解散したのと、なんら変わらない状態だが…

もし奇跡が起き、オレの病気が治りステージにもう一度立てるとしたなら…


NK以外は考えられなかった。


もう一度ステージに立つと言うのは、かなり奇跡だが、そう考え解散は辞めた。
それにコタローやアナムが、NKを活動再開させたいと言う気持ちがあれば、オレが脱退するだけでよかった事だ。


そして、その考えをコタローにメールで伝え

2008,8/17付けで、NK SMITHを…


無期限活動休止


させる発表をホムペ上に出した。
[お知らせ]
この発表を書きながら、オレは一人部屋の中、涙を流した…
そして、パンクロッカーとしてのオレの終わりを感じた。


リアルパンクを目指したバンド…


NK SMITH


このバンドでの活動は…
この無期限活動休止まで、37年間生きて来たオレが、それまでで1番やりたかった事を素直に表現出来た、人生で1番楽しかった時期だ。



今でも、その気持ちに変わりはない…





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後書き

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